結論から言おう。

私達はムーア人との戦争で例のないほどの大勝利を収めた。

こちらの被害はほとんど無く、相手には壊滅的な被害を与え
今は我らが母国へと帰還している所だった。

「…………」

まるで現実感が無い。

何処までも続く、茜色の空を見上げながらそう思っていた。

周囲では、戦士達がこの大勝利の喜びを隠せともせずに語り合いながら
歩いている。

その光景を見ていると、胸の奥から形容しがたい感情が込み上げる。

「……なんなのだ、これは…」

苦しい、息が詰まる、理性と感情が複雑に絡み合っているような……。
私は…、私は…。

「どうかいたしましたか?」

「っ、あ、ああいや、なんでもないんだ」

態度に出すぎていたのが読まれてしまったか…?

どうやらその様だった、声を掛けてきた人物は自分の馬に並行して馬を歩かせながら話しかけてきた。

「それにしては浮かない様子ですが……差し支えなければ」

「…………」

大きな兜と夕日のせいで表情が良く見えない。
蓄えた髭と口元、そして落ち着いて深みのある声で老兵であるということは分かった。

いくら勝利したとはいえ、ただ自分の処理できない感情があるというだけの不安を口にしてはいけない。
其れは理解はしていたが、不思議と口から声が漏れてしまった。

「…貴殿は、こんな複雑な気持ちになったことはあるか?」

「…というと?」

ああ、分かっている。
なんと曖昧なのだろう、正直自分でもなんと言って良いかが分からない。

其れを聞いた老兵も、ふむ、と髭を撫でつけ、私が新たに言葉を口にするのを待っている。

「気持ちが…、その、複雑なんだ、勝利したはずなのに、素直に喜べていない」

「ははぁ、なるほど…」

さっきとほぼ変わらない言葉なはずなのに、その老兵はなにか合点が言ったかのように
頷いていた。

「分かってくれるだろうか、何故なのだろう……」

「わかりませぬな」

…………何だって?

「ふふっ、そんな表情をされるな指揮官殿」

そう言って、彼はすっと指差す。

その先には、夕日に染まる、ヴァンダル王国があった。

「ああ、もうここまで来ていたのか」

「ええ、それと指揮官殿の考えていることは分かりませぬが」

口元だけだが、快活ににかりと笑っているのが分かる。

まるで心配するなとでもいうように。

「国へ入ればそんな感情も吹き飛ぶでしょう」

「…そうなのだろうか?」

そんなものなのだろうか…?この気持ちは…。

誤魔化されたように思ったが、話が終わったといわんばかりに

老兵は列へと戻り、私に先頭に向かうように促す。

「……」

…結局のところは自分の感情だ、自分で整理をつけなければならないだろう。

そう思いながら、馬に揺られながら、王国の門を潜った。



ワッ―――――――――――。



先ほどまでの感情が…吹き飛んだ。

人と花びら、歓声と賞賛の声。
羨望の眼差し、喜びの波が。

王城までの道を埋め尽くしていた。

世界が、輝きに満ち溢れている。

そんな光景を直視して、するりと言葉がこぼれてしまう。

「…ああ、ただいま…」

そんな言葉しか出てこなかった。

その言葉だけが、言いたかった。


……そして、その夜には勝利の宴が始まった。


国を挙げてのお祭りだ、目まぐるしく変わる状況。

王への報告は厳かに厳粛な空気の中で行われていたと思えば

それが終われば、兵士達は鎧を脱ぎ捨て、盾と剣を放り出し
手には酒と食べ物を好きなだけ持ち、飲んで食べては
新たに来る料理を平らげ、戦争での自分の武勇を語るものがいれば
王がお抱えの吟遊詩人の歌声に合わせ全員で歌いだし。
大きな花火までもが打ち出されていた。

「……ふぅ」

そこから少し離れた静かな場所で、私は揺れる視界の中ようやく落ち着いて腰を下ろした。

「…くっ、まったく酷い奴らだ」

次から次へと杯を交わすだといって、私に何度酒を飲ませるつもりだ。

断らない私も私だが…、誰も助けにこようとしないところがまた酷い。

「……はぁ、それにしても本当だったな」

胸のつっかえが取れたような気持ちだ。

私はただ実感ができていなかっただけなのだ。
いまにして思えば、初めて戦場へ出て行った時の帰りもこんな気持ちだったような気がする。

「ははは、そうか…勝ったのだ」

持ってきた杯に残った酒を全て呷る。
ごくごくと、飲み干してしまう。

「そうだ、私はやったんだ、私はやり遂げたのだ!」

私は声を上げて杯を満点の星空に掲げ勝利を宣言する。

ああ、私は酔っているな、そう自覚しているも、止められなかった。

だがこんなめでたい日だ、別にいいだろう。

そう上機嫌になっていると、ふと足音が聞こえてきた

「……おじさん?ここにいるの?」

「んっおお、■■■■■■!私はここだ!」

私の様子に目を丸くしながら甥はこちらへとやってくる。

「さけくさっ!」

「ははは、それはそうだ飲んでいるからな」

こんなおじさん初めてだよ…、そう呟いている。

…そうか?…そうかもしれないな、いやどうだろう。

「本当にそうだろうか?」

「いや、何が?」

むっ、先ほどお前が言っていたことなのだが?
そう首を傾げると、もはや呆れたような顔をしてこちらを見ている甥の姿。

……生意気な!

「あ”〜〜〜!絡まないでよおじさん!!」

「私は勝ったぞ、どうだ、お前のおじさんは強いんだ」

そう言いながら彼は私の言葉を適当にあしらい、私と距離をとってしまった。

………生意気な。

「酒癖悪いなぁもう」

「ははは、いや悪いな…私も酔っているという自覚はあるんだ…許せ」

「…仕方ないなぁ」

許してくれたようだ。

甥はため息を吐きながら、私の隣へ座り

「すごいよ、おじさん!大戦果だったんでしょ?」

「ああ、自分でも驚いているよ」

今日の戦争の事を聞きたくて聞きたくて仕方が無い様子だった。

「……聞きたいか?」

「うん!!」

その食いつきが微笑ましい、その爛々とした目から溢れる興味の輝きは
いまかいまかと待っていた。

「そうだなぁ、ふむ…どう話したものか」

だが酒で鈍った頭のせいか、上手く表現することができない。

「全部!全部聞かせてよ!」

全部とは朝になってしまうじゃあないか。

…ふむ。

「ううん…、そうだな何が聞きたい?」

「え、え〜っと、それじゃあね…」

甥はうんうんと唸り出し、何を質問したいかを指を折りながら
考え始めた。

…、その指の数え方を見ていると10や20は…いや今30を突破した。

質問をさせれば、相手の興味があること以外無くなれば早く終わらせれると思ったが甘かったか。

「……甥よ、我が甥よ、お手柔らかに頼む」

「え、何?ちょっと待ってね」

……、まぁ…いいか。

そう思い、ふと夜空に目を向けると

ざぁっと風が頬を撫でる。

時々遠くから、馬鹿騒ぎをしている何かの音。

木々が揺れて、そのざわめきが気持ちを優しくする。

不思議な空気のなか、ゆっくりとゆっくりと時間が過ぎていく中。

「そうだ、おじさん、どうやって勝ったの?」

甥の最初の質問が、やってきた。

「……どうやって勝ったか、か」

そういわれ、ふとどう答えればいいのか困った。
軍略の事を言っても、甥には伝わりきれないだろう。

どう分かりやすく説明したものか…。

あの状況、あの戦場、ムーア人との戦争の勝利の決め手とは…

「………?」

……………………酒を飲みすぎたせいか。

「…?おじさん?」

…、いやそうだな、そうだ…勝利の決め手とは…。

「天啓…だな」

「……天啓?」

そう、そうだ天啓としか言いようがない。
今回の勝利は、其れに従ったから勝てたのだ。

「…そう、天啓染みた直感だ」

「………なに?それ?」

ああ、これも説明するのは難しい。

天啓染みた直感などと言ったが、これは自分の感覚だ。

そう、国へと帰還するときのあの時と同じ気持ちだ。

「…作戦を実行する時、戦場に出る時、指示を出す時、胸の奥にざわざわとしたのだ
…そう、恐怖と言っても良い…、嫌だという…拒否感に従った」

「……すると?」

「ああ、其れに従うと…そう不思議と上手く立ち回れた、作戦も上手くいったんだよ」

そうだ、私の中に何かに従ったのだ。

思えば、何故私は其れに従ったのだろうか。

そんな不確定に危険な物に・・・。

…なにか、おかしくないだろうか?

そういえば、どうやって勝ったのだろうか?

「……■■■■■■、すまない、少し酒を飲みすぎたらしい。話は明日にしよう」

甥に期待させたままなのは心苦しいが、自分も落ち着いてよく考えたい。

………………。

「……?■■■■■■?」

……いつの間にどこへ行ってしまったのだろうか。

辺りが暗すぎて何も見えない。

「どこだ、■■■■■■?」

雲でもかかっているのだろうか、先ほどまでの星空はもう見えない。

建物のせいか、それとももう終わってしまったのだろうか。

宴の灯りも消えてしまっている。

まるで目が無くなったかのように、ここは真っ暗闇の中だ。

「……事実から逃げる事は…許されない」

その言葉を聞いたとき、まるで何かが外れたような気がした。

このページへのコメント

ここまで上手くいって大勝利じゃ駄目なんですか…
救いはないんですかー!?
執筆お疲れ様です!

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Posted by 騎兵・悪縛 2016年09月08日(木) 01:04:48 返信

ああああ……滅びの足音が……
夢の中でさえ逃げることが許されないなんて……
作成乙です!

0
Posted by 暗兵・盛衰 2016年09月08日(木) 00:49:03 返信

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