グロ表現多し、陳腐な鬱内容の為に苦手な方は気をつけてください。



……ここはどこだ……。

冷やりとも暖かくも無い、なんだか空気と服がじっとりと張り付いている。

体に当たる石の感覚、鼻を突く尿と便の匂い立つ不快な臭い、
部屋の中は、ほの暗い、窓から射す光だけが、唯一の光源だった。

体の節々が痛みを訴える、体が虚脱し、空腹を感じる。

なんだ…これは…。

体が動かない、指先一つすら、瞼すら、喉一つすらも振るわせることが出来ない。

なのにただ一点に無感情に扉に目を向けている。

ここは、牢屋なのか…?

何度か足が運んだ事がある、こつこつと靴の音が無遠慮に
牢屋に入る者に配慮するつもりなんて全く無く
鉄で拵えた扉を開く度に、ギギギッと錆付いて残響する音が
ここの印象強さを引き立て、一度でどんな場所かを覚えさせてくれた。

私は何故ここにいる。

手錠と足枷まで着けられて、まるで罪人のようだ。
まさか魔術的な何かでも施しているのだろうか。
自由がまったく利かない、明瞭で確かなのはこの意識だけだ。

まさか酔った勢いで何かをしでかしてしまっただろうか。
現状はどうすることもできない、ただ待つしかないだろう。

………そう暢気に考えていた自分は、すぐに後悔することとなった。

事実からは逃げられない、たとえ夢の中であろうとも
私が私である限り、忘れようとするのなら

私は私を逃がさない。

見逃してはならない運命が、始まった。

それは牢屋の扉の向こう。

暗い通路で顔を隠した誰かが、音も無く通り過ぎた。

全身に鳥肌が立つ。

嫌な予感がざわりと心を揺らし、背中には何か寒気が走る。
そして其れを感じたのは、私だけではないらしい。
自分の口が動く、この不安を確認する為に…。

「あの者は、あの者は何者なのですか…王よ」

もし体が自由になるのならば、私の呼吸は一瞬止まっているだろう。
何故、王などという言葉がここで出るのか理解が追いつかない。

間違いで呼びかけたのではないだろうか、そう思いたかったが
自分の気持ちは裏切られる事となった。

「ああ…見てしまったか、心配をすることはない…」

聞き間違いをすることは絶対に無い、王の、声だ。

こんな場所にいるはずがない、いていいはずがない人だ。
何が、何が、あったのだ…!

自由が効かない体が恨めしい、本当に腹が立つ
感情だけが高まっても自分の意志で動かす事ができずにいる
ストレスが余計に感情にかき乱す。

そんな私の心など関係ないように事は進み続ける。

「あれは余達の味方だ、復位を要求して貰うつもりだ…」

………復位?王の復位とは…何を言っているんだ。
まるでそれでは…。

「もう一度言うが、何も心配するな、ムーア人との敗北の乗じて
反乱を起こすなど・・・、恐らく機会をずっと伺っていたに違いない。
理由をずっと待っていたのだ」

ドクンッ、心臓が大きく動き、胃に痛みが走るのが伝わる。

全身が震える、寒さが広がっていく、無力感が滲み溢れ出てくる。

………嘘、だ、そんな私は勝利したはずだ。

それに、それに、復位を要求するとは、誰にどこに…?
王と、同等の、誰か?

恐怖だ、これは、感じているのは「私」は、その恐怖を今感じている。

「…手を煩わせるのは心苦しいが、ここはユスティニアヌスに手を借りる」

何かが、臨界点を達した。

駄目だ…、駄目だ…駄目だ!!!!!王よ!それは駄目だ!!!
たとえ同盟国とは言え、現状の国の状況を教えている様な物だ!
一歩間違えてしまえば…もし他国が知ってしまえば!!
これは、これはこれはこれは!!

「借りを作ってしまう形になるが…、問題は無い、良いな…?」

分の悪い賭けどころではない、理由を相手に与えてしまう!
悪手そのもの!さぁ!言え!私!伝えろ!例え王に逆らう事になっても
今、誰かに伝える事ができれば、なんとかすることができる!

「………分かりました」

心は震える、怖いと感じる感情のままに

「……信じております、王よ」

気持ちが、どろりと、蝋が溶けるように流れ落ち。
じわりじわりと、床に溜まり瞬間にもしない内に固まってしまう。

…………な、なに…を?言っているんだ…私は。

「…ああ、ではな」

「はい、王よ」

なぁ、私、この耐え難い背中に走る感覚は何だ。

全身に感じる、何かやってはいけないことをしてしまったような。

大きな間違いを犯した時の様な。

なぁ、私。

此れは、立ち向かわなければならない事では無いのか。

「…大丈夫…大丈夫だ…王の言うとおりに、王を信じていれば良い」

まるで呪詛のように、私の口は動く、やがて眠りに落ちるまで。
やがて、訪れる必然に向かっているように私は感じた。

そして一週間、二週間はしただろうか。

何も出来ない、日を重ねる度に心が重くなっていく。
ざくざくと見えない刃がじくじくと攻め立てる。

眠れない日々が増えていく、明日が訪れなければ良いと思う日が増えた
どうなったんだ、どうなってしまったんだ、どうなるんだ。

そう考えていたら、そう後悔していたら

扉が開かれた。

「………、■■■■■■?」

何故、こんなところにお前まで来てしまうんだ。

自分でも驚くほどにしゃがれた声で、甥の名前を私は呼んだ。

その甥の顔は、酷く無感情で、何かに耐えているかのようで
見ている私は、とても、とても、堪えられない気持ちが湧き上がる

どうした、何かあったのか、そう聞きたいが声が出す事ができない。

私、しゃがれた声でもいい、何故聞かない。

「……おじさん」

ああ、やめてくれ、お前が何故そんなに辛そうなんだ。
どうしたんだ、何か悪い事でも、あったんだろう。

私のせいか、そうなんだろう。

「随分とやせ細ったな…」

力強く、張りがある声が牢屋を満たす。

こ、の声は…。

甥の後ろから二人の兵が入り、ゆったりとした動きで牢屋に
最後の一人が入ってくる。

財を凝らした服を身に纏い、頭には王の象徴が置かれていた。

何故、お前が、お前が、王なのか。
王になったのか。

「…■■メル、ゲリメル…!」

「不遜な、王をつけよ、この下郎が」

奴が目を向けると、すぐに兵が動き出し、私を殴りつけ
さらに二人で私を押さえつけ、拘束し、髪を引っ張られ、ゲリメルに顔を向けられる。

「がっ!!ぐっ!」

「静かにしろ!」

身じろぎすることもできないほどに拘束される
既に動く事すらできないというのに、何故ここまで…!

「…、何のようだ…その子まで連れてきて…どういうつもりだ」

「どういうつもりだと…?この売国奴めが」

吐き捨てるように言われたことが、王の行動の結果を教えてくれた

「っっ、何を…!」

「言いよどんだな」

声が、止まる、息が止まる。

「…おじ、さん、本当だったの?」

違う!声を上げてそういいたかった
喉が動くのを感じた、だが私は、「私」は、覚えがあった。

甥が、私を見ている、まっすぐに、ただ事実を受け止めたいと

私は、目を逸らしてしまった。

「…なんで何も言わないんだよ」

もう、彼の顔は見れない。

そんな声をした彼を私はもう…。

「…そういうことだ、■■■■■■、これが事実だ」

その声は子供に言い聞かせるような口調だった。
腹の底から怒りが湧き上がる。

「前王とこいつは東ローマにこの国を売ったんだ」

「違う!!」

「何が違う!!!」

それは怒気に滲んだ声で私に近づいて、顔を蹴り上げる

「づっあっ!!!」

「貴様が!!貴様らが何をしているか分かっているのだろう!
その様子だとなぁ!!えぇ?!」

「ち、違う、ごっがっ!!」

私の感情が伝わってくる、王が、そんなマネをするはずが無い。
そんな事を進んでするはずが…無い。

頭の隅にある考えに目を背けながら、とても軽い否定の言葉を吐き続ける。

「はぁ…はぁ…、ふん、だが最早起こった事は変えられん」

ゲリメルは、甥の後ろに回り、こう告げる

「さぁ、やれ」

そう言って、短剣を甥に渡した。

……おい、貴様…なにをしているんだ…。

「何を…、その子に何て物を持たせて!何を」

嫌な確信が過ぎる。

「貴様達の甥だろう、何をするか分からないからな…、これは儀式だ」

カチャリと其れを引き抜いて、静かに甥は前に進んでくる。

「ま、待ってくれ、そんなものは捨てるんだ…前にも…言っただろう?」

お前には、早すぎるんだ。
それに、お前が引き抜くにはそんな小さな剣ではないだろう。
こんな暗い牢屋ではなく、輝く太陽と青空の下に輝く剣を抜き放つんだ。

「…おじ、さん、おじさん…駄目なんだ、僕が…しないと」

喉が引きつっている、涙声が混じり、手が震えている。
そんなのはお前には似合わない、止めてしまえ、止めてくれ。

「やめ、るんだ、鞘に収めるんだ、なぁ…」

「おじ…さん」

そうだ、お前はそんなことしなくていいんだよ…。

「家族、は、僕が…守るんだ…!!」

止め…。

兵に思いっきり顔を上げさせられ固定される、逃げられないように。
狙いをつけさせられて。

「うわぁああああああああああああああぁぁあぁあああ!」

横一閃、闇が訪れる。

「ぎゃぁぁぁあああああああぁああ!!!!!!」

痛みと熱さ、そして喪失感に頭が支配される

「あ”ぁ、あ”ぁ”!!おごっがっ目が…ああぁああ!!!」

目を押さえることもできない、体の中に絶望が広がる。

喉が振るえる、拘束されている体をのたうち回ることもできずに
絶する痛みと、見えない恐怖で発狂する。

「ぎっあぁっ!何故ぇ!!あぁぁあぁああ!!」

カランッと何かを取り落とす音、だが其れを気にする余裕も無い。

「はははっ、良くやったぞ、よく忠誠を見せてくれたな」

ぎぎぎっ、忠誠…忠誠だと…

「きっさまぁああぁああああゲリメルゥウウウウウ!!」

「…うるさい奴だ、静かにさせてやろう…やれ」

体が恐怖で固まる、嫌だ、嫌だ…やめろ…。

兵は拘束を解き、反射的に体を守ろうと身を捩る。

殴られるのか斬られるのか、訪れる痛みは…。

「ぎゃぁっ!!?」

私以外に襲い掛かった。

「……えっ」

痛みを忘れたように間抜けな声を私は上げた。

甥の悲痛な声が、辺りに響いた。

「な、何で…僕は…ぎやぁっ!!」

「何を、何をしているんだ…止めろ、止めろぉおお!!」

どちらに何があるなんて分からない、拘束された体で立ち上がろうとするが
倒れて、体を強く打つ。

そして、ヒュンっと風を切る音が聞こえる

「あぁぁあ!?痛い…おじさん…痛いよぉおお!!」

何故、何故何故何故何故!!!!

「止めろ、止めて…止めてくれぇ!!その子は何もしていないじゃぁないか!!」

その言葉には、誰も何も答えない。

ヒュン、一つ音が鳴る度に、二つ音が鳴る度に。

狂気に満たされた声が上がる。

「私を殺せばいいだろう!!!私が負けたのだ!!なぁ!!
私が、指揮官なんぞにならなければ良かったんだろう!!!」

ぎちぎちぎちぎちと、鉄の枷が千切れろと言わんばかりの音を出しても
手が、足に食い込むのを感じても、切れることはない。

「私のせいなのだろう!!なあぁぁあゲリメルぅううう!!!」

「あぁぁあ……、おじさん…」

声が、命が…小さくなっていく。

「■■■ゲース…エウアゲェェエエエエエエエス!!!!!」

ヒュン。

「ごめんね”」

掠れた声、優しい彼の後悔と謝罪の言葉。

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉおおぉおぉ!!}

ごとん、何かが倒れる音。

熱い、何かが体に触れる、それはぴちゃぴちゃとした何かだ。

私の目を伝う物と一緒だ。

「アぁ、あぁぁあぁぁあぁああぁぁああああ……」

「もういいぞ、殺せ」

冷たいな何かの先が素早く喉に沿っていく。
何度も、何度も、突き立てられる。

痛みが、脳を焼く、それは私の罰だ。

真っ暗闇の、牢屋の中、それが私の最後の記憶。

ああ、なんて悪夢なんだ。

これは夢なんだ…。

私の決断が、私の甘えが、私の忠誠が…。

こんな結果を齎すなんておかしい。

そうだ、早く帰らなければならない。

私のヴァンダル王国へ。

現実に帰れば、きっと本当のことが分かるさ。

「……そうか、まぁすぐに分かるだろうさ…」

なぁ、エウアゲース。

その声に答えてくれる者は、誰もいない。

このページへのコメント

乙です。
ああ――本当に、何処で間違ってしまったのか。

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Posted by 魔兵・謎掛♀(混沌・善) 2016年09月11日(日) 12:11:34 返信

執筆乙です。
読み応えの有る悲劇でした。

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Posted by 剣兵・屍鬼 2016年09月11日(日) 09:58:08 返信

執筆乙です。
読み応えの有る悲劇でした。

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Posted by 剣兵・屍鬼 2016年09月11日(日) 09:57:57 返信

悲劇だ。忠誠は空回りし、誰もが追い詰められる。

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Posted by 魔兵・不死♀(中立・中庸) 2016年09月11日(日) 02:57:14 返信

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