激闘・怪物VS狂犬



「ふっ!おりゃぁ!くらえ!!」

カルデアのトレーニングルーム内。そこで『怪物』と呼ばれるセイバーのサーヴァントが、人型の仮想エネミーを相手に無双していた。
これは彼の日課であった。より偉大な怪物になるために多くの人を叩きのめす訓練をしている。
できれば英雄を、叶うならば憎たらしき仇の英雄を相手にしたいところだが、シュミレーションルームのシステムが爆破された際に大きくダメージを受け、高位の存在をエネミー化できないようになってしまっていた。
そのために低位の一般兵士を相手にしているのだが、戦闘に特化したサーヴァントである『怪物』にとっては文字通り雑兵に等しい。
手ごたえを得られないまま、ただただ雑魚を薙ぎ払っていく日々が続いていた。

「---ちぃ!くそが!!」

イラつきを募らせながら最後のエネミーを顔面を握りつぶして撃破する。100体用意されたエネミー達は、半時と経たずに全滅していた。
その結果にただひたすらに『怪物』は怒りを覚える。どこまでも同じことの繰り返し。雑魚をどれだけ薙ぎ払おうと、まるで満足できないのだ。
職員の連中を脅しつけて制限以上に召喚させてやろうか---そう物騒なことを考え出したとき、声がかかった。

「よう、『怪物』の。やってるみたいだな!」
「ああ?・・・『狂犬』か」

『狂犬』。ライダーのサーヴァントの一体であり、海賊の風貌をした人物である。『怪物』とは何度か会話しあった程度の仲であり、ある「約束」を取り付けている間柄でもある。

「なんだ『狂犬』。ここにはほかの連中なんぞいないぞ」
「いや、目当てはお前だ。お前がいるって職員のやつから聞いたもんでな」
「あぁ?・・・なるほどなぁ」

『怪物』は口角を吊り上げ、鋭い歯をむき出しにして凶暴な笑みを浮かべる。実に丁度良く、自分の鬱憤を埋める相手が来てくれた、と。
ちょうどここはトレーニングルーム。サーヴァントの戦闘にすら耐えられる理想的な空間だ。他への被害を出したくない『狂犬』にとっても、都合のいい空間であった。
そう、「約束」とは戦闘の---一戦交えるという、凶暴な「約束」であった。

「んじゃ、やろうか」
「おうよ」

言葉数少なく、互いは戦いの構えをとる。『怪物』は深く腰を落とし、自身の半身である黄金の剣を居合でもするように自身の影に隠す。『狂犬』は半身ずらし、生前一番長く使っていたサーベルを真正面に構える。
『怪物』の構えはどうとでも動け、なおかつ最大の威力で薙ぎ払いができる防御を捨てた突撃の構え。『狂犬』は刃の一直線上に自身を隠す、立ち回りに重きを置いた西洋では一般的な防御の構えだ。
準備ができて初めに動いたのは---『怪物』だ。

「---シッ!!」
「なぁ---!?

構えのまま、上体を崩さない突進。「怪力」スキルを足に使っての、無理やりな敏捷のブーストだ。
おそらく先は『怪物』がとるだろうと『狂犬』は確信していた。気を逸らせる節が『怪物』にあったからだ。
しかし予想外だったのは、その速度。人間大の生き物が、大砲と同じ速度で迫ってくる。『狂犬』の生きた時代は中世のヨーロッパ。神秘が死んだ時代である。
彼の生前に怪物との戦闘経歴はない。予想をはるかに上回る神代の時代の神秘の塊というものを、『狂犬』は初めて実感していた。

「りゃぁ!!」
「---っとぉ!?」

『怪物』の払いを『狂犬』は寸でで回避する。虚こそ突かれたものの、『狂犬』は歴戦の海賊だ。一撃で終わるようなへまはしない。
しかしその一撃も速く、強い。よほど鋭く、剣が重いのか、風圧だけで上体が持っていかれそうなほどだ。怪物と人間の圧倒的なスペック差と言うものを、『狂犬』は認識した。
その上で思う---まだ、負けねぇ。

「おっと!」
「いったぁ!?く、くそっ、この程度ぉ!!」

二度、三度と攻撃を『怪物』は振るう。しかし一発も当たらない。
対し『狂犬』は的確に『怪物』の攻撃後の隙を突いていく。一度、二度と繰り返すたび、与えられていく傷は大きくなっていく。
『怪物』の剣が大振りで破壊力のある剣と判断できた時点で、『狂犬』はそのスタイルを鋭く、確実に削っていく戦法に切り替えた。荒くれ者であった彼は、多くの戦闘経験を積んでいる。膂力こそ違えど似た相手との戦いならば慣れているのだ。
その点、『怪物』はただただ翻弄されていた。『怪物』にはろくな伝承が残っていない。すなわち、語られるほどの戦いをしたことがないのだ。有象無象の相手はあれど、英雄に名を連ねるような強者との戦いはこれが初ともいえる。
戦闘経験の差。その埋め難い差は、戦いを『狂犬』有利の方向へと持って行っていた。

しかし、焦っていたのは『狂犬』のほうであった。

「くそがぁ!避けてんじゃねェぞ!!」
「御免こうむるなっと!!」

また紙一重で躱しながら、冷や汗を垂らす。一撃でもまともに当たれば終わりなのがこの戦いだ。どの攻撃も威力がヤバすぎる。
戦闘続行のスキルがあるとはいえ、ダメージによって動きが鈍ればさらに貰ってしまう。そうなりゃもう負け戦だ。
なのに、『怪物』の攻撃は精度が上がってきている。一撃一撃から学ぶように、どんどん成長してきているのだ。
早めに終わらせないと不味い---その焦りからか、『狂犬』はサーベルの一撃を深く刺しすぎた。

「しまっ---」
「いっ---てぇなぁ!?」

『怪物』の突き放すような乱雑な蹴り。しかし一瞬の動揺もあってか、『狂犬』はサーベルから手を放し、ふっとばされてしまう。

「くそ、やりやがったな!?」
「くらえやぁあああああ!!」

転がりながらも体制を立て直した『狂犬』を、飛びあがって剣を振りかぶる『怪物』が襲う。
武器の無い『狂犬』に防ぐ手段はない。その一撃は致命傷---いや、それ以上か。

「くそっ・・・ダメか」

顛末決まれば目を閉じてその時を待つ---のが普通なのかもしれない。だが、そんな輩は「狂犬」などとは呼ばれはしない。

バァン!!

「ぐっ、おぁっ!?」

銃声が鳴り響く。その元は、『狂犬』が隠し持っていたフリントロック式の拳銃だ。そこから放たれた銃弾が『怪物』の腹に突き刺さっていたサーベルの柄に直撃し、傷口を抉ったのだ。
痛みに悶えた『怪物』は体制を崩し、落下。見事、『狂犬』に撃ち落された形になる。

「こいつを使うつもりじゃなかったんだがな。いやぁ失敗失敗」
「く、そ。んなもん持ってやがったのか・・・!!」
「海の上じゃ何でもあるもんさ。念のために一発持ってたが、やっぱ使うもんだなこれ」

『狂犬』は拳銃を胸元にしまい込む。用意した銃弾は一発だけ。もともと銃は得意じゃないのだ。今のサーベルに当たったのも実はまぐれに近い。当たってなかったら不味かったかもなと内心で冷や汗をかいている。
『怪物』は突き刺さったサーベルを引き抜いた。傷は多いが、痛いが、辛いが、問題ない。怪物は問題ないのだ、と思いながらちょっと心で泣いている。

「さて、武器もなくなっちまったし---悪いが、本気でいかせてもらうぜ?」
「なに?」
「さぁ野郎ども!出航だ!『永遠なる我が仲間達(バーキング・シー・マットドック)』!!!」

その呼び声に、大気が震える。世界が歪む。空間が---裂ける。
現れたのは巨大な船。わかるものは震えるだろう。知る者は賛美するだろう。その名も名高き狂犬号。彼の二つ名の元にもなった、偉大なる大船である。

「ん---なぁ!?!?」
「はっはっは!!どうだ『怪物』!これが俺の自慢の船と!自慢の仲間たちだ!!」
「「「「おおおおおおおおおお!!!!」」」」

いつの間にか船に乗っていた『狂犬』は、『怪物」指さし高らかに宣言する。これが俺の宝具だと。頼れる船と、愛すべき仲間たちとの絆こそが、俺の宝具なのだと。
事実、その差は圧倒的であった。先は『怪物』が神秘の差で上まっていたが、今度は『狂犬』が、単純な質量の差で圧倒している。たった一つで勝敗を塗り替える。それが、サーヴァントたちの切り札、宝具なのである。

「さぁ野郎ども!目標『怪物』!!一斉掃射用意!!」
「ちょ、おまぁ!?」
「---撃てーーーい!!!」

『怪物』を狙っての大砲の一斉掃射。いくら怪物が頑丈な方でも、これにはまず耐えられない。

「ちぃ!---この刃は我が半身、我が一身!!」

着弾。轟音と爆風が咲き乱れる。単一に、しかもただ一人の人間にここまでの砲撃をしたことは無い。船員たちは浮足立っていた。
ただ一人、船長を除いては。

「・・・おいおい、あれで死なないのかよ。怪物ってのは怖いねぇ。総員、警戒!!」

気配、直感。その類ではあるが、海の上ではそれがもっとも重要になる。だから確信していた。奴は死んでいない、と。

事実、『怪物』は死んでいない。

「---らぁ!!!」

黒煙を薙ぎ払い、『怪物』が姿を表す。その姿は変わりなく、砲撃のダメージを負ってないようだった。

「『我が半身なり黄金の剣(ユニファケーション・クリュサオル)』。我が半身を砕けぬならば、我に攻撃など効きはしない」
「・・・うそだろ?無傷?ええ・・・」

呆れたように、しかし油断なく『狂犬』は怪物を見る。その体にはススが付いている。つまり爆風そのものはくらっているわけだ。バリアとか、砲撃を撃ち落したとかではない。
つまり、防御能力の上昇。奴の宝具はその類か。そう『狂犬』は看破した。
事実、それは正解に等しい。『怪物』の宝具はその黄金の剣と等しい硬さと神性を得ること。その防御能力は先ほどまでとは比べ物にならない。
しかし、それだけと言えばそれだけである。そう『怪物』と『狂犬』はわかっていた。いくらダメージが通らなくても巨大な船を破壊できる攻撃力はこれに無い。
差は詰めたとはいえ、未だ戦況は『狂犬』が優勢であった。

「つまり俺は全力であいつを追い詰めて、」
「つまり俺様は全力でやつを仕留めると」

双方ともに、にやりと笑う。

「「なら話は早い---楽勝だ」」

『怪物』が駆ける。船に乗ってしまえばこっちの勝ちだ。そう決めて、疾駆する。

「撃て撃て撃てーーー!!!あの馬鹿を近寄らせんな!!!」

狂犬号から砲弾が連射される。船員たちもまた、地獄のような海戦を潜り抜けてきた猛者たちだ。その動きに乱れはない。
『怪物』は砲弾を避け、前に進む。砲弾そのものでダメージはくらわずとも、衝撃で押されてしまう。速度が落ちれば狙い撃ちだ。ゆえに、全力で回避し、無理なものを切り払う。
砲弾の雨の中をくぐり、避け、切り払う。過酷極まりない戦況だ。しかし、怪物は笑う。
これこそが戦いだと、これこそが怪物なのだと。過酷の中で、人の築いた技術と文明を一笑に付す。それこそが、怪物なのだと、笑う。

そして、ついにその時が来た。怪物は再装填(リチャージ)が済んだ怪力スキルを再度足に使い、跳びあがる。そして砲弾を蹴り、再度、跳ぶ。
勢いよく砲弾の雨を潜り抜け、ついに、怪物は船へと乗り込んだ。

「---届いた!!」
「無賃乗船はお断りなんだがな!!」

銃弾の雨が『怪物』を襲う。しかし弾丸は皮膚で弾かれる。黄金の剣を貫く一撃でなければ、今の『怪物』には届かない。

「はっ、あいにく怪物には貴様らに払う通貨などない。怪物は簒奪する側なのでな!」
「馬鹿野郎!!そりゃ海賊の十八番だろうが!!」

『怪物』はただ『狂犬』を狙う。主さえ倒してしまえばこの船も消える。わざわざ他のを相手にする理由はない。

「おりゃああああ!!!」
「とおすかああああ!!!」

その突撃を海賊が阻む。船長を、船の頭を守らんがために。

「どけぃ!!」

だがそれも、『怪物』の一閃が薙ぎ払う。そも雑兵にその皮膚は貫けない。それでなお、船員たちは壁となって立ちはだかる。
そしてそれは、ただ一人を怒らせた。

「---てめぇ!!よくも俺の仲間を!!!」
「なにぃ!?」

守られるべき船長の特攻。上段から振り下ろされた一撃を、『怪物』はまともに受けてしまう。ダメージは通っていない。しかし、気迫と勢いに『怪物』は後ずさった。

「くっ、やるな!だがもはやお前に勝ち目はへぶぅ!?!?」

突如、怪物は横手からぶん殴られた。いや、そう感じただけだ。あろうことか、船員の一人が、『怪物』の乗船の際にひっくり返った大砲で、甲板上の『怪物』に砲撃したのだ!

「うぉぉおぉおおおぉおおお!?!?」

上空に浮いている船から叩き落された怪物は、まっさかさまに落下する。そして着地---訂正、墜落すると、ごろごろと転がった。どうやら生来の頑丈さと宝具の防御強化に助けられたらしい。

「いだだ・・・なんだ今の。それより船は!?」

『怪物』は上空を見上げる。こちらに向かってくる、船を。

「---ん?」

そう、こちらに向かってくる船を、だ。狂犬号は全速力で、『怪物』めがけて突撃していた。

「---砲撃で沈まないような船にはな、体当たりって相場が決まってんだよ!!」
「いや我船じゃなくて怪物---ぐぼぉ!?!?」

『怪物』の必死な叫びはむなしく、轟音にかき消されることになった。






「うきゅう・・・」
「あ-、危なかった。しっかし厄介だったなー、怪物ってのは。俺の時代にいなくて助かったぜ」

『怪物』は完全に目を回している。皮膚へのダメージはなくとも、船一隻の質量からくる衝撃は耐えきれなかったようだ。

「しっかし俺も疲れたなー。・・・ちょうどいい、宴会前に一眠りすっか!」

『狂犬』は仰向けになり、早々に寝息を立てる。激闘の後の戦場は、一転して静かなものとなった。




なお、部屋の惨状を見て二人はこってり絞られることになった模様。これにて、激闘、閉幕なり。

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