「はぁ……はぁっ………」

 僕が自分の過去に立ち返る為に宝具、『神の如く不沈なれ(ジェドエフラー)』に複合されたピラミッドに
 引きこもりを決行してどれくらいの時間が経っただろう、既に僕の精神は限界に近付いていた。


 ピラミッドに入ったのは、死んだ時以来のことだった。
 王位にあるものが、生きている内に自分の墓を作るということは特に珍しいことではない。――僕の場合、規模だけが常識外れではあったけど。
 僕は死ぬ前には既に死んでいた。
 つまりどういうことかと言えば、僕は生きたまま墓の中に入った。ピラミッドという巨大な棺の中に身を納めた、という意味だ。
 座で得た知識で言えば、ニホンの即身仏という文化が近いだろうか。封じられた穴の中で祈りを続けて、自然の死を待つという死に方だ。
 ピラミッドが数十年の月日を得て完成したその日に僕は王座を降りた。
 もっと言えば、その日に僕は人間を辞めようと思った。
 もはや人の身で神様になることは不可能――だから死ぬことで神になろう、そう思った。
 僕が歩いてピラミッドの中に入る時、国民に誰も僕の死を見送ることは無かった。悼む者は誰も居なかった。
 もしかすると、墓から離れた町では僕の暴政が終わった喜びを分かち合う為に、祭でも開かれていたのかもしれない。
 ああ、今にして思えば当たり前のことだ。

 ファラオの遺体の傍には通常、黄金や装飾品などの副葬品が安置される。もちろん僕の周りにそんなものは無い。
 僕は玉座に座り、目を瞑って死を待つことにした。
 僕の最期――いや、最後を見送ったのは、僕の息子であるジェドエフラーのみだった。
 もっとも、僕は彼と殆ど会ったことは無かったのだが。
 生まれた時からファラオの教育役に預け、僕は自身の仕事に勤しんで、母親として育てるということをしなかった。
 彼に会ったのは、ファラオの王位を正式に引き継がせる必要があったからだ。僕自身、彼が僕を見送る為にやってきたとは思っていなかった。
 しかし、彼が僕との別れ際に口にした言葉は、それまでの事務的な言葉と違っていて、印象深く僕の心に焼き付いた。

『母様――貴女はもう少し民を顧みるべきだった。それなら、こんな惨い最期には――』

 そう呟いて、ジェドエフラーはピラミッドの入口の石扉を落とした。
 その上には何重もの結界魔術が掛けられ、内部の構造は異界化し、
 例え神獣であろうとも侵入不可能――それでいて何人たりとも脱出不可能の神殿がついに完成したのだった。

 そしてジェドエフラーが最後に語った一言は、今にして思えば、彼は僕のこれから辿る地獄を予見していたのかもしれなかった。

 地獄、そう地獄。これから、死ぬその日までに渡る、地獄の極。

 クヌム神によって与えられたナイルの大河の加護。
 生贄を積み上げることによって得られた神の恩恵。
 王の地位を乱用して成し上げた儀式の数々。
 幾千幾万の民の恨み、呪いを跳ね返してきた死への免疫。

 それら全てが――僕を死から遠ざけた。

 世界から遮断された金字塔の中で、僕は死ぬことなく生き続けた。
 それは不死身とはまた違う苦しみだった。一歩一歩、苦しみは濃くなり、心では無く、命が擦り切れて行くのが分かるのに――死までの距離が測れない。

 一日ごとに、少しずつ増していく飢餓感。
 エジプト魔術による結界で唯一反射できない、太陽神の恩恵たる陽光による灼熱。
 逆に陽光を透過しない、閉ざされた空間であるが故の永遠の暗黒。
 ……虫一匹たりとも隣に立つ者の無い、極限の孤独。

 ようやく僕が死ねた時……十二年の月日が経過していた。

 今、こうして疑似的なピラミッドの中に居るだけで、当時の絶望を思い出す。
 恐怖に震える。トラウマが掘り返される。
 しかし、逃げる訳には行けない。それでは今までのままだ!
 この因果応報の惨たらしい最期を迎えた人間は、反面教師などではない、僕自身なんだ……!

 僕が生前の様々な所業を思い出していると――暗闇だった金字塔の中に松明の火が一つ、二つ――と順々に灯されていった。

「……?」

 その前に居るのは――黒い人影。陰影が濃く、一体だれなのかは判別出来ない。
 影から声がかかる。聞き覚えがあるようで、無い声。おおよそ人間味というものを削り落とした抑揚のない音声。


『汝は誰ぞ。何故に我が墓を暴き立てている?』


 そこに居たのは――僕だった。紛れも無い、シャドウサーヴァントどころかサーヴァントですらない、僕そのものだった。


 僕の宝具、『神の如く不沈なれ(ジェドエフラー)』には時間を歪める、という効果が付いている。
 何故ならば、僕の太陽船と複合されたギザの大ピラミッドは、神代から現代に到るまで、あらゆる時代に存在し、世界を観測し続けてきた金字塔だからだ。
 このピラミッド内の閉ざされた空間で、術者たる僕が過去の記憶に苛まれていた結果――どうやら、その時代の特異点とリンクが繋がってしまったらしい。
 最も苛烈だった、あの時代の僕の元に。

『疾く答えよ。その首落とせぬではないか』

 かつかつと、靴音高くこちらに歩いてくるのが分かる。それにつれてその輪郭も松明に照らされてはっきりと見えてきた。
 露出度の高い一枚布の服にいくらかの装飾品、そして猫耳。あぁ、僕も最初こんな格好だったな……今は恥ずかしくて着れないけど。
 そして、僕が彼女を見れるということは、彼女もまた、僕を見れるようになったということだ。

『……余?』

 無表情に少しだけ驚きの色が交じる。

「…そうだよ、僕だ」

『…魔術で余に姿を似せたのか。まさか…それで余の心が揺らぐとでも?
 不敬の極みだ。ここに立ち入るだけで刎頸に変わりは無いというのに、どうしてそう死に急ぐのか』
 
 目の前の僕が、杖を掲げる。ナイルの流木から作られた杖だ。くるりと指で回すと、辺りに光が満ち始める。
 ……懐かしい動作だ、回すことに特に意味は無い。ルーティーン、指癖のようなものだった。
 そしてこの動きをする時、僕は――。


『……避けるか』

 敵頭上から下に放たれた光線を、横に飛んで躱す。
 それを見た、目の前の僕は面倒くさいといった顔でこちらを睨めつけていた。

「うん……僕だからね。何をやるか、分かってる。そう…僕は民を生贄に捧げることでそれだけの魔力を得たんだったね」

 光線による攻撃。水による攻撃。炎による攻撃。
 杖が回り、光が満ちるたびに様々な攻撃が繰り出される。
 けど、僕には届かない。
 僕は君が何をやるか分かっているし、クラウスたちの模擬戦を重ねて、白兵戦の蓄積は生前の僕とは段違いに強くなった。
 攻撃をかわして、杖を振るう僕との距離を縮めて行く。

『くっ……』

 少しだけ、顔に焦りがにじむのが分かった。
 このまま近づき、懐の剣を抜けば恐らく僕は勝てるだろう。

 でも、僕は僕と戦うために来たんじゃない。
 僕は僕を受け入れるために来たんだ。

 生贄を捧げ、暴政を働いて神に近づこうとした蓄積が生前の僕の強さで、
 人を虐げ、民の信頼を利己的な考えで理解しようとしなかったのが生前の僕の弱さだ。

 考えるのではなく、いま直接向き合って、ようやくそれが分かったよ。

『な――』

 僕は僕に近づいて、クラウスが僕にするように優しく僕を抱き留めた。

「君の弱さも受け入れて、君の強さも僕は受け入れるよ。どちらも等しく僕の罪だ――貰うよ」

 そう言って、僕は面食らっている僕からナイルの杖を奪い取った。
 僕の身体に魔力が満ち始める――エジプトの民から搾り取って来た、数々の犠牲の結晶が身体の中に入り込んでいく。
 あぁ――これが僕が今まで背負ってこなかった、僕の、重荷か。

 それと同時に、目の前の僕が光に包まれて消え始める。恐らくはここへ現界させるのに、自前の魔力を借用していたのだろう。

『く――汝は何者――』

「僕は僕だよ……クフ王。君はこれから、恐らく地獄の極を体験するだろう。それは君の因果応報だ、甘んじて受け入れてほしい。
 でも、それでも、それでも僕は――君の幸福を、願っているよ」

『何――だと――?』

 最後の最後に、本当に意味の分からないといった表情を残して、生前の僕は光と共に消えた。
 そして、いつの間にか、閉ざしていたはずのピラミッドの石扉は開いていた。
 僕は過去を思い出した。僕は重荷を背負い直した。けれど、それだけで過去の罪が洗われるとは思わない。
 僕はこれをこれから先、もう置くことなく歩き続ける。そして、罪を背負いながら幸せになろう。
 そうしなければ、あのクラウスとの裏切りになってしまうから――。

「…クラウスに会いたいな」

 うん、そうだ。随分久しぶりに感じるけど、いつも通りクラウスに抱きしめて貰いたい。一杯幸せにして欲しい。
 …帰ろう。皆の居る所へ。

 そう思って、ピラミッドの入口へ歩き出した時、ふと背中の方から声が聞こえた気がした。
 それは、幼い少女と、懐かしい男の声。


『わたし、父様のように民を導く立派なファラオになるね!』

『ああ、頑張れイテル。お前ならなれるさ』


 勢いよく振り向いたそこには、暗闇で満ちた石室があった。
 …少しだけ残念だったが、今の言葉は、ずっと僕が求めていた――

「……僕の過去、一つだけ背負い忘れていたね。…これで全部背負えたかな」


 僕はそう言って、ピラミッドを後にしたのだった。

このページへのコメント

凄いなぁ・・・過去を受け入れて前に進んだか〜素晴らしい、それでこそ英雄だ!

0
Posted by 槍兵・中華 2016年09月03日(土) 08:16:44 返信

お疲れ様でした。原作(FGO)らしい雰囲気で面白かったです。個人的にも感慨深い……。
ここにぐだ子とユーゴを入れて道中にエネミーと戦わせれば完全に原作だった(白目)

0
Posted by 暗兵・盛衰 2016年09月01日(木) 18:20:26 返信

そっか、クフは自分に向き合ったんだな。

とても楽しく読ませてもらいました。
過去と向き合い成長する、王道ですね!

0
Posted by 狂兵・偽者 2016年09月01日(木) 17:50:17 返信

作成お疲れ様でした!
過去を己を受け入れる姿、お見事でした!

0
Posted by 復讐・写真 2016年09月01日(木) 17:40:24 返信

封印されて、焼かれるのは辛いな。我もよくわかるよ(火山の下にしたじき)
作成お疲れさまでした!凄く雰囲気が出てて良かったです!

0
Posted by 弓兵・災獣 2016年09月01日(木) 17:37:35 返信

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

どなたでも編集できます