ランサーかがり花は決して強いサーヴァントではない。
そもそもが神秘が薄れつつある時代に生まれ、真偽定かならぬ短い逸話の片隅に僅かに名を残しただけの人物である。
癖がなく、魔力消費の効率が良いといえば聞こえがよいが、実際のところ、燃費の他は特段売りがないということに他ならない。
だがしかし、それはかがり花が弱いということとイコールではない。

サーヴァントの並とはつまるところ、凡夫が生涯を賭して研鑽し、なお到達できるか分からない境地を言う。

かがり花の戦闘を見るたびに、いつも思うのは、まるで舞のようだということだ。
決して裾を乱さず、したがって一歩一歩の歩みは大きくない。
にもかかわらず、その動きは素早く、軽やかで、淀みがない。
その様はまさに流れる水の如く、風に散る花の如く。
だから、そこから放たれる一撃がとてつもない威力を秘めている事を、その動きから理解できるものは、決して多くはない。
同種武器における武の頂、そこに位置するランサーでなければ、あるいはサーヴァントですら見誤るかもしれない。
カルデアで召喚されたあるランサーはかがり花の歩みを見て言った。
俺にはあの娘の歩みが、恐ろしく比重の高い液体金属が意思を持って流れるように見える、と。



潤沢な資金投入によって建設されたカルデアの廊下は決して狭くはない。
狭くはないが、それはあくまでも日常生活においてそこを歩く場合に限った話だ。
たとえばそこで戦闘を行うとなればまた話は違う。
片方が天地を問わず跳ね回り、もう片方が長柄武器を扱うとなれば、なおさらのこと。
閉鎖空間において薙刀のような長柄武器は取り回しが難しいという。
だが、かがり花の振るう薙刀は、そんな些事はおかまいなしとでも言うように、薄明かりの中、縦横無尽に見えない防衛線を引く。
一瞬の攻防。
かがり花に似た“ソレ”が握るのは短刀……否、飛んだ火花が照らし出すのは、揃えた華奢な指先が刃金と切り結ぶ恐るべき光景だ。
かがり花の振るう薙刀が縦横無尽ならば、ソレの動きは天地無用。
重力など意にも介さず、地を這い、壁を蹴り、天井を走る。
薙刀の間合いの外から、楕円を描くように廊下の壁を駆け上がり、そのまま天井を蹴って頭上よりの強襲。
かがり花はするすると後退しつつ、下段に構えていた薙刀の切っ先を跳ね上げて迎撃。
衝突の勢いのままに手首を返して薙刀を一回転。
切り結んだ勢いで弾き飛ばされかけるソレの頭上から石突を落として追撃をかける。
ソレは、ニュートン力学に喧嘩を売る動きで身体をねじって回避すると、器用につま先から着地。
乱れた着物の裾がふわりと地に落ちるよりも早く、脛を払ってきた薙刀の一閃を蜻蛉を切って避け、そのままバックステップで後退。
闇に紛れる。
かがり花は追おうとはしない。闇に目を凝らして、次の攻撃の兆しを探る。
闇の中でソレが口を開いた。かがり花と同じ声がからかうような語調で問いかける。

「あっは、相変わらずお堅い事。そんなに新しい主が大事?」

闇の向こう側、紅い目がこちらを伺っている。
かがり花は答えない。
下段に構えた薙刀、その刃が届く間合いより内に、対手を踏み入れさせない事に全神経を集中させている。


→お前は一体何者だ!(ピッ)
 かがり花が二人!? ここは天国かな?


「うふふ、やっぱりなーんにも話してないのね。
 主様ー主様ーって言いながら、それはちょっと不忠じゃないかしら?」

「……黙れ」

かがり花が始めて声を挙げた。
深く重い搾り出すような怒声。

「これは主様と私の問題だ。
 お前に口出しされるいわれはない、鬼め」

「ふふっ、うふふふふっ、あはははははっ!
 おーこられちゃった。ますたーが抵抗しなければ、邪魔が入ったりしなかったんだけどな。
 ん、やっぱり得物なしじゃ詰め切れないし、一旦引くわ。
 分かってると思うけど、私を倒さない限りはここから出られないわよ。それじゃまたね、もう一人の私」

その言葉と同時に、闇の中を光る小さな何かが飛来する。
咄嗟にかがり花が払ったそれがキンと澄んだ音を立てると同時に、風が動くように闇の圧力が引いた。
かがり花は、それから暫くの間、闇を睨み続けていたが、やがて肩の力を抜いて構えを解く。


 えっと……かがり花の双子のお姉さん?
→今のは一体誰?(ピッ)


「あれは……」

一瞬の逡巡。
それを振り払うように一つ首を振ると、かがり花はしっかりとした口調でこう答えた。

「あれは、鬼です。私の中の鬼。鬼として目覚めたもう一人の私」



少し昔話をしましょうと言って、薄明かりの下でかがり花は少し悲しげに微笑んだ。

昔々、京に都が築かれた少し後のこと。権力争いに敗れて都を去る一族がいました。
ある禁忌に触れた彼らは追手を避けるため、一族総出で山へと分け入りました。
しかし、その頃の山は異界。人ならざるものが跳梁し、ただの獣に大英雄を屠る力が宿る魔境。
人が暮らすにはあまりにも過酷な世界で、一族はじりじりとその数を減らしていきました。
あまりにも辛い日々に、追っ手に気づかれる危険を犯してでも、山を降りてどこか都の目が届かない場所で新しい里を作ろうという声も上がりました。
しかし、彼らは結局、山を降りる事はありませんでした。
あるいは、そのときすでに、彼らは山の魔に呑まれていたのかもしれません。
人の身のまま生きる事が辛いのであれば、人を超えればよい。そして、それが成ればかつての栄華をとりもどすことも容易い。
それが彼らの出した結論でした。

しかし、魔は魔。人は人。
根本から異なる二者の血をただ交わらせるだけで御せるようになるはずがありません。
希望が執念へ変わり、執念が執着に堕するほどの時間がたちました。
一族の生き残りは数えられるほどまで減り、かつての一族の栄華も詳しく知っている者はいなくなった頃。
一人の赤子が生まれました。
その子供は、育つにつれ尋常ならざる剛力を発揮しました。しかし、それでいて人の言葉に従う事の出来る子供でした。
一族の悲願はギリギリで叶ったのです。

彼らは先祖の遺言に従い、山中で磨いた技を丹念に仕込んだ鬼子を、供回りとともに都に送り込みました。
かつての政敵の一族は、追い落とした一族の事などすっかり忘れて、新たな権力争いに夢中でしたが、彼らにはそんなことは関係ありません。
鬼子は彼らが望んだとおり、否、望んだ以上の威力を発揮し、速やかに政敵の一族を皆殺しにしました。
その後、幾つかの有力者にその力を売り込んだ一族は、しかし、都に戻ることはありませんでした。
仕事を請け負うため、都に窓口となる者を派遣こそしましたが、一族のほとんどは山中に留まり、より魔に近い人を、より純粋な混血を生み出すこと血道をあげるようになります。
そう、すでに本末は転倒していました。
目的を見失っていた彼らは、手段こそ目的であると考えるようになっていたのです。


→めでたしめでたし?(ピッ)
 なんだか不幸な話だね。


「そうですね。ここでお話が終われば、或いは。
 ですがこの話には続きがあります……さほど長くは続きませんが」

かがり花は憂鬱そうに目を伏せると、再び口を開いた。

所詮、魔は魔。人は人。
いかに混ぜ合わせようとも、人の血に魔の血を抑えられるだけの力はありません。
混血の子供たちは、やがては魔の血の囁きに屈し、人ではなく魔に堕ちる宿命を背負っていました。
しかし、それを知ってもなお一族は止まりません。
乗り越えるべき障害をそこに見たのかもしれません、もしかすると魔に堕ちる宿命こそ、彼らにとっては祝福だったのかもしれません。
一族は、再び手に入れた富と名声で、陰陽師を雇い、或いは知識人と名高い高僧を呼び、歪な知識を積み上げました。
やがてこの国の知識に飽き足らず、外つ国の希書や物品を買い漁り、より魔に近い人を生み出すための交配と実験を続けました。
それが一族を滅ぼすことになるとも知らず。


→滅ぼす?(ピッ)
 物騒な言葉が……。


「はい。
 魔に堕ちた混血の暴走が止められず、それに滅ぼされたとも、あまりにも魔に近づいたために退魔の一族に族滅させられたとも聞きます。
 ただ、どのような偶然があったのか、物心つくかつかないかという年齢の一人の女の子が生き残りました」


→それがかがり花?(ピッ)
 えっと、それが……?


「そうです。その子供がかがり花と名付けられる前の私。
 山中を一人彷徨っていた私は、殿……後世、真田信之と呼ばれることになる方に出会って命を拾いました。
 殿は何処の馬の骨とも知れぬ私に人として生きる術を教えてくださっただけではなく、お方様付きの侍女として召し上げてくださいました」


→今度こそめでたしめでたし?


かがり花の浮かべる笑みは苦い。

「だとよかったのですが。
 私の怪力は魔の血に由来するもの。私もまた魔と人の混血なのです」


 とてもそうは見えない
→ああ、じゃあその髪は……(ピッ)


「そうですね。恐らくはそういうことなのでしょう。
 そして、先ほどもお話したように、魔の血を宿したものはいつか魔に堕ちる定め。
 生前の私は、ずっと自分だけに聞こえる囁きを恐れ続けていました。
 鬼と生ることも。鬼となった自分が、大恩ある真田家に仇なすのではないかということも。
 ただ、幸いというべきか、私はあまり長生きはせず、鬼に堕ちることなく一度目の生涯を終えたのですが」


→そっか、じゃあ、あのもう一人のかがり花は……(ピッ)


「はい、ご明察の通りです。
 実を言うと、槍兵として現界した後も、生前悩まされていた囁きが聞こえていました。
 召命を受け、そのことに気づいてから、この日が来ることを、主様にこの事実を知られることを恐れていた気がします」


→……(ピッ)


かがり花は、両手で自らの身体を抱きしめる。
寒さに耐えるように、あるいは抑えきれない身体の震えを抑えるように。
凛として背筋を伸ばし、堂々としている常の姿からは想像も出来ない弱々しい背中。

「そうです。あれはずっと私のうちにいて囁き続けたもう一人の私。鬼に堕ちた“もしも”の私……狂兵かがり花です」

その姿が語っていた。
封じていた力を十全に振るう狂兵かがり花に対し、槍兵かがり花には勝ち目がないと。

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