【R-18・酉】Fate/GO 我々はカルデアのサーヴァントのようです【安価】 - ただ春の夜の夢の如く 1
八月十四日――その日は、わたしにとって色んなことが一気に起こった一日だった。
「この座は煩悩にまみれてるめぇ。もっと普化ちゃんをみならわないと」
「見習うべきは私なんだよなぁ、私程見習うべき存在は世にいない」
「私を見習うべきデース!」
……きっかけは、そう。いつものような馬鹿話だったかしら。セクハラがどうのこうのっていうくだらない話の延長線上で、よりによって禅王のルーラー、不死のキャスター、幼性のバーサーカーの三人がそんなことをのたまったんだった。
真っ先に我が振りを直すべき三人が口をそろえてブーメランを投げているのを見て、わたしも思わず嘆息する。
「こいつらはほんとに……少しは狂犬のライダーを見習ったらどうかしら」
狂犬のライダー――まぁ真名は知らないんだけど――は、此処に来た初日に知り合ったサーヴァント。まぁそういうのは他にも大勢いるんだけど、アイツは最初から――まだ馴染みの浅かったわたしのことを気にかけてくれたから(お蔭で『少しだけ』耳年増なのがみんなに知れ渡ったけど)、けっこう仲の良いサーヴァントね。
……他にも………………まぁ、それは別にいいかしら。
「お、俺がまともだって嬉しいこと言ってくれるじゃねえか!」
ともかく、そんなことをぼやいていたら――ちょうどそのタイミングで、ライダーの声がわたしの背後からした。
それから、わたしは自分の発言を省みた。今の発言、傍から聞いたらまるでわたしがライダーにべったりみたいな――――、
「最初の頃より盛衰のが懐いてくれて俺は嬉しいな!」
ライダーがそう言い終わる頃には、わたしの顔は、多分真っ赤だった。
だってそうでしょう? こんな公衆の面前で、他のサーヴァントもいるのに……恥ずかしいったらない。確かにライダーはまぁ、比較的良いヤツではあるし、嫌いじゃないけど……わたしにだって、プライドはあるもの。うん。
「あぇ!?あ、違う!あんたは他の連中より比較的マシだって言ってるのよ!なついてるとか、か、勘違いするんじゃないわよ!」
だからすぐ、クールに返すつもりだったんだけど――――声は上擦るばかり。
周りからも、『ツンデレ』とか『尻尾ブンブンしてる犬っころ』とか散々な言われようだったわ……。
「おうそうか、ちゃんとわかってるって!」
「……、……もうっ! ご飯食べて来る!」
恥ずかしさが極まったわたしは、そう言ってその場を飛び出したわ。サーヴァントに食事なんか、必要ないのにね。
「あっと、飯いってらっしゃいっと」
さらっとしたアイツの言葉に、もっと言い返してやりたくなったけど。
そうしたらきっと、もっといじられるだろうから、私は笑みを噛み殺しながら、その場を離れた。
多分、この時から、今日は一日何かがおかしかったんだと思うわ。
わたしにとっても妙な一日の始まりだったんだけど、多分……これはわたしの想像だけど、ライダーにとっても普通の一日とは言い難かったんじゃないかしら。
というのも、わたしが、昼食に戻って来てから。
わたしは戻って来るなりツンデレツンデレ言われたり、元凶のライダーからは『お前も大変だな』なんて他人事発言されたりしてた。
「おかツン」
その中でも、交渉のルーラーのヤツがいつも通りのむかつくにやけ面でわたしにそう言ってきたから、わたしは反射的にこう言い返したの。
「だからそういうんじゃないってば! あとにやにやすんのやめなさい!」
いつの間にか近くにいた写真のアヴェンジャーが、『苦労してますね』なんて同情した表情で頭を撫でてくれたのが、せめてもの救いだったけれど。
そうしたら、ルーラーのヤツはいつものにやけ面を引っ込めて、いやに真面目な雰囲気を出してこう返して来た。
まるで、突き放すように。
「そうだね、仮にも彼は意中の女性に告白してる身だ。君の入り込める余地はないからね。うん。実に恋愛というのは哀しいものだ」
一瞬、言葉が出なかった。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」
そして、なんとか捻り出した言葉も、完全に掠れてた。
それなのに、ルーラーはなんてことない調子で次々とわたしの知らない話をする。
「おや、ご存じないかな。彼は既に写真君に思いを伝え、答えを保留にしてもらっている身だよ。」
「ん?あれ、言ってなかったか?てっきりお前も知ってるもんとばかり思ってたぜ」
二人は、けろりとした様子だった。
「えっ? えっ? ライダーが? 写真のアヴェンジャーに? いや、わたしちょっと前までここを空けてて……。………………そ、そっか。そっか………………」
わたしは、そう言うのが精一杯だった。
え? ライダーがアヴェンジャーに? アイツが? あの性格で? …………単純な驚きだけで、わたしの思考がどんどん圧迫されていくのが分かった。
「てっきり知っているものだとばかり。だとしたら、彼も随分罪な男だね。いや本当に。」
でも、その言葉を聞いた瞬間に頭が再起動する。
そして、『それ』は絶対に否定しなくちゃいけない、と思った。
「いやそういうわけではないから!! それは違う!! ただ……ちょっと意外っていうか、びっくりしたっていうか……」
そう。……確かにアイツのことは良いヤツだと思ってたし、一緒にいて安心できるし、頼りになるし、少しはカッコいいと思うけど…………でも、別に異性として好きって話ではないわ。『盛者必衰』っていう概念の代理としてここにいるわたしに、そんな個が認められているわけでもないし。
そんな風にわたわたしていたからかしら、ライダーが心配そうな表情で、わたしの目を覗き込んで来る。
「盛衰の、大丈夫か?少し休んだ方がいいんじゃねえの?」
…………まぁ、すぐさま他の人達に連れていかれちゃったんだけど。一応『気持ちの整理をさせて』とは言ったんだけど、あれは聞こえていたかしら……。
そして、ライダーがいなくなったところで、入れ替わりにルーラーが私の目の前に立った。いつものふざけたにやけ面が嘘みたいに、真面目な表情。
「・・・・・・、ふむ。それで、君はどうするんだい?己の気持ちに蓋をするのかい?写真君は現世くんのこともあり、今は答えを出していないが?」
「いや、気持ちに蓋っていうか……まだよくわかんないっていうか……あいつはなんかこう、頼れるなーとは思ってたけど……なんていうか……」
己の気持ちに蓋――とか言われたけど、わたしは……その自分の気持ちが、よく分からなかった。アイツのことを恋愛的な意味で意識してなかったのは事実。でも、アイツがアヴェンジャーに告白したって聞いて、とんでもない衝撃があったのも、また事実。
じゃあ、わたしにとってアイツって、いったい何者?
「……………………………………………お兄ちゃん?」
わたしの口から出たのは、我ながら素っ頓狂な答えだった。
ルーラーは少し鼻白んだ感じで、
「それが本音かね?ずいぶんと間があったようだが。まぁ、それならば構わない。確かにあのような野蛮な男を恋人にしようなどと考えるやつがおかしいからね。海賊なんてものは勝手に生き、勝手に死ぬものだ。」
――なんてことを言っていたけど、わたしはもう聞こえてなかった。
……そうよ。何か特別な関係性を名付ける必要なんてなかったんだわ。考えてみれば当然の帰結。何も、親しみの感情は恋愛だけに留まらないものね!
「そうよ……お兄ちゃんよ! いつもちょっかいかけてきて、でもいざってときには頼れて、それでいて遠慮の要らない関係……あいつは、ライダーはわたしのお兄ちゃんだったのよ」
そしてお兄ちゃんなら当然。
「――――だから、他の女には渡さないわ」
うん、完璧ね。
そうと決まれば。
わたしは、なんだか真面目な話をしている真っ最中らしいライダーとアヴェンジャーの方へと、一目散に飛び込んで…………、
「その告白ちょっと待っ――――」
「申し訳ありません。貴方の告白は断らせていただきます」
「た――――あれ?」
飛び込みかけたところで、もう一度思考がフリーズした。
「・・・おう、しっかり決めたなら文句はねえ。だけどよ、理由は聞いてもいいか?」
固まってるわたしの目の前で、今まさにフラれたばかりのライダーが、真剣な表情でそんなことを言っていた。
呆然としているわたしをよそに、アヴェンジャーは訥々と語っていく。
「……はい、最初、私は現世君のことを甘えん坊だと思いました。実際そういう扱いをしていましたし、現世君もそんな感じに扱われていて喜んでいると思っていました」
…………………………あれ、フラ、れてるの? ライダーが? その理由……?
ぼんやりそんな感じの事を考えてると、ついついと背中を突かれていることに気付いた。振り向いていると、そこにはバツの悪そうなルーラーの姿。
「盛衰くん、ちょっとこっちに来よう。うん。」
「う、うん…………」
わたしも、言いしれない気まずさを感じながらルーラーの先導に従った。
「いいか。我々の想定よりも進行スピードが速かった。とりあえず多分狂犬君は振られる」
「え、ええ。なんか断れれてるわね」
「つまりだ、君のお兄さん(仮)は傷心状態になるわけだ。彼が果たして失恋程度でそこまでになるかと言われれば疑問だが」
「………………?」
「だが彼はプレイボーイだ。つまり君がすべき行動は?」
そう言われて、なんとなくルーラーの言いたいことが分かった。
それに、わたしもそんな状態のアイツにすることなんて、一つしか思い浮かばない。
…………………………………………。
「とりあえず慰めてやるわよ。あんなのでも一応少しは傷つくでしょうし」
いっくらアイツでも、失恋してもなんてことないなんて、そんなことはないと思うわ。だって、好きになるってそういうことでしょ。わたしは知らなかったけど、あんな人情味のあるヤツが告白するって決めるほど好きになった相手だもの。……フラれたら、そりゃあ辛いでしょ。
………………アイツは強いから、そんなそぶりは見せないだろうけどね。
「それもそうだがそれだけではダメだ。君という存在を彼の中に刻みつける。そうすることで、彼にとって君はさらに――――」
ルーラーはまだ何か言っていたけど、わたしの目にはもう、アイツしか見えてなかった。アヴェンジャーがぺこりと頭を下げる。アイツは呵々と笑う。……なら、わたしのやることだって一つしかないわ。
「――――派手にフラれたわね、ライダー!」
ばしん! と思い切り、背中を叩く。わたしよりもずっと大きなそれは、やっぱりすごく硬くて……叩いたわたしの手の方がじんじんとした。けど、なんだか小さい背中のようにも、感じた。
「・・・・んで、そのフラれた俺になにか用でも盛衰の?」
「用……ってほどのものでもないけど、ほら、アレよ! あんたも流石に今回はへこんでるんじゃないかなと思って」
まぁ、それは今のどこかすねたような言い方で殆ど確信になったんだけど。
「だからその……慰めにきたのよ。ドンマイってね。他の皆も、お酒とか用意してくれてるし……一緒に行きましょ?」
「…へぇ、盛衰のが俺を心配するなんて明日溶岩でも降ってくるかもしれねえな!」
相変わらずの憎まれ口。いつも通りのやりとりに、わたしもいつも通りに言い返してしまう。
「なっ!?わたしにだってあんたを心配する慈悲深さくらいはあるわよ!感謝しなさい感謝を!」
すると、ライダーはからっと笑って、
「別にへこんじゃいねえよ、覚悟はしてたし! あ、酒はもらうけどな!」
「………………ったく。へこんでないならいいけどね。まぁ精々今日はたくさん飲みなさい。わたしも付き合うから」
「おう、んじゃ、せっかくだから付き合ってもらうぜ?」
そう言いながら、ライダーはお酒を用意したサーヴァントの方へ足を運んで行った。
……うん、多分、空元気だと思う。
だって――――なんとも思わないようなことなら、覚悟する必要なんてないもの。でも、あんたがそう振る舞うんなら、わざわざそれ以上言ったりしないわ。本音を見せなくたって、寄り添うことはできるもんね。
そう思って、わたしはアイツの後に続いて行った。